Burberry バーバリー

BURBERRYの歴史

http://www.vogue.fr

トーマス・バーバリーは、1835年、イギリス ハンプシャー生まれ。
1856年、ウィンチェスターストリートに洋服店を開業。

新素材ギャバジンを開発し、第一次世界大戦時のイギリス陸海軍のトレンチコートとしての正式採用、冒険家からの支持も集め、瞬く間にファッションにも普及する。

次々と王室からのロイヤルワラントも授与され、今でもアイコンとなっているバーバリーチェックも一大ブームを巻き起こした。

1998年、ロベルト・メニケッティがクリエイティブ ディレクター就任し、BURBERRY PRORSUM としてミラノコレクションに参入。

ブランド名も「Burberry’s」から「BURBERRY」に変更、アイテムの大半も変更し新生BURBERRYをスタートした。

 

Roberto Menichetti / ロベルト・メニケッティ

https://wiki.wildberries.ru

1966年、ニューヨーク バッファロー生まれ。
イタリア ペルージャのアカデミー・オブ・ファインアーツにて博士号を取得。

クロード・モンタナでキャリアをスタート。
その後、JIL SANDERで5年間勤め、アシスタント デザイナーを経験。

1999年、BURBERRY PRORSUMのクリエイティブ ディレクターに就任。
2001年に退任。(後任はクリストファー・ベイリー。)

その後、CERUTTIのデザイナーを1シーズン担当。
2002年、自身の名を冠したMENICHETTIを発表。
2004年からは、ニューヨークコレクションに発表の場を移している。

2005年、CELINEのアーティスティック ディレクターを1年間務める。
2009年、ニットブランド Crucianiのクリエイティブ ディレクターに就任。

 

Christopher Bailey / クリストファー・ベイリー

http://bocadolobo.com

1971年、イギリス ヨークシャー生まれ。

ウェストミンスター大学ファッションデザイン学科卒業後、イギリスの名門ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで修士号を取得。
その後、ニューヨークへ渡り、DONNA KARANのアトリエで2年間働く。

1996年、GUCCIに入社。2001年までレディースウェア部門のシニアデザイナーを務めた。

2001年、BURBERYのクリエイティブ ディレクターに就任。

2009年、チーフ クリエイティブ オフィサーに就任。
2014年、CEOに就任

2018年に、全ての職を辞任。(後任は、リカルド・ティッシ。)

 

Riccardo Tisci / リカルド・ティッシ

Riccardo Tisci リカルド・ティッシ

https://www.vogue.co.jp

1975年、イタリア コモ生まれ。

1999年、セントマーチンズを卒業後、自身のコレクションを開始。
アントニオ・ベラルディ、コカパーニ、PUMA、ルッフォ・リサーチなどで経験を積む。

2004年、自分の名前を冠したRICCARDO TISCI 初めてのコレクションを発表した。

2005年、GIVENCHYのクリエイティブ ディレクターに就任。

2008年、GIVENCHYのメンズ クリエイティブ ディレクターにも就任した。
2017年に退任。

2018年、BUBERRYのチーフ クリエイティブ オフィサーに就任。

 







PICK UP

CELINE セリーヌ ロゴ

CELINE

セリーヌ・ヴィピアナが、1945年、皮革の子供靴専門店を開いたことが始まり。

皮職人の技術を用い、丁寧に製造された靴は上流階級を中心にたちまち広まり、子どもたちの成長に伴って顧客が増加。

kolor カラー ロゴ

kolor

阿部潤一が2004年に設立。
1965年、日本生まれ。
文化服装学院アパレルデザイン科で学び、

MaxMara マックスマーラ ロゴ

MaxMara

アキーレ・マラモッティが1951年に設立。

曾祖母はテーラーを経営し、母親は裁縫学校を設立するという家系に生まれ、40代まで弁護士として働いた後ファッション業界に飛び込んだ。

White Mountaineering ホワイト マウンテニアリング ロゴ

White Mountaineering

相澤陽介が2006年に設立。

1977年、日本生まれ。
1999年、多摩美術大学の染織デザイン学科を卒業後、コム デ ギャルソンに入社。

FRED PERRY フレッドペリー ロゴ

FRED PERRY

フレデリック・ジョン・ペリーが、1952年に設立。

1909年、イングランド ストックポート生まれ。

卓球の選手として活躍した後に、テニスの選手に転向。